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yamachan blog  (社会派うどん人の日常)

コシのつよいうどんのような、歯ごたえのある記事をお届けします。

【お仕事研究】ジャーナリストと社会学者と商社マン

読書ライフ

ジャーナリストと社会学者、この二つの職業は現代においてかなり近接しているように思う。新進気鋭の社会学者:開沼博さんの近著「漂白される社会」を読んだことが、そう考えるようになったきっかけだ。

 

<こうみえても20代>        <随分アングラなテーマ>

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◆著者経歴

1984年福島県いわき市生まれ。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。

著書に『漂白される社会』(ダイヤモンド社)『フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社) など

 

◆著書「漂白される社会」

今回紹介した「漂白される社会」は、我々が「無きものとして扱ってきた=漂白された」社会の暗部についてルポルタージュを試みたものである。

テーマは買春島・ホームレス女子高生・ブラジルからのサッカー留学生崩れなどアングラ風味満載である。このような辺境にいる人たちに取材を試み、社会学というレンズを通すことで、彼・彼女らが社会から排除されるようになった現代社会の構図を描き出したものである。

 

 

◆ジャーナリストと社会学の類似点

本著を読んで思ったこと、それは開沼さんが執筆するために行った行為は、限りなくジャーナリストと類似した行為なのではないかということだ。

 

・徹底した取材

・社会をありのままに描き出すこと

・社会に対して問題提起をすること

全て、現代ジャーナリズムに求められることではないだろうか?!

 

事実、彼は読売新聞読書委員を務めたり、フリージャーナリストとともに、チェルノブイリ原発事故の取材調査を行ったりと、ジャーナリストの世界とかなり近接した位置にいるように思う。

彼以外にも、最近だと古市憲寿、古くは宮台真司などメディアの世界に出て世相を斬るというような立ち位置にいる社会学者も少なくない。

 

このようにジャーナリストと社会学者は非常に近い位相にあるといえよう。

 

◆ジャーナリストと社会学者の相違点

*ここでいうジャーナリストは、新聞社またはテレビ局に所属する記者に限定する。

ジャーナリストと社会学者の違いは、「取材対象を追うというルーティーンの有無」だと私は考える。

 

ジャーナリストは、常に取材対象を追っていなければならない。なぜなら取材対象を常に追い、新しい事象が起こればそれを報じることが仕事だと規定されているからだ。下っ端は警察・事件事故周りをルーティーンで追うことを課せられており、自分の取材したいことを調べるのに使えるのは余った時間だけである。(時間が余るとはとても思えないが。。。)取材対象をフリーハンドで決定できるのはエライ人だけだ。

 

それに対して、社会学者は取材対象を自己決定できるのみならず、取材をするかしないかということも自分で決定できる。ジャーナリストはニュースを追うのが仕事だが、社会学者はそうではないからだ。社会学者の仕事は、社会の枠組みを捉えること。そのなかで取材が必要であればそれを行う。そういうスタンスだと私は解釈している。

 

 

◆敢えてのジャーナリスト擁護

こう述べると、「ジャーナリストはルーティーンにまみれて本当に大切な事を報じていない。だからマスコミはアカン。」という批判に繋がりそうだが、私はそう単純には考えていない。

 

確かに、ジャーナリストの行う取材活動は無駄だらけである。政治部の番記者制度も記者クラブ制度もナンセンスだと思う。ただ、だからといって日常のルーティーン取材活動をないがしろにしてはいい記者にはなれないと思うのだ。

ルーティーンの取材活動から思わぬ特ダネが飛び出すことは少なくない。ジャーナリストの方々は、特ダネを掘り起こすために日常を戦っているのだと私は思う。

 

◆総合商社との比較

総合商社とジャーナリストの仕事の広がり方には似ている点があると思う。いきなり、何言っているんだこいつという発言だが、少し聞いていただきたい。

 

総合商社の現在の収益の柱は投資である。

総合商社の投資は、エネルギー権益や事業会社(例:三菱商事ならローソンや伊藤ハム)に投資・提携し、ビジネスパートナーとして人材も供給し、配当という形で長期リターンを得る。

では、そのような提携話は、どこから生まれるのかといいえば、何もないところから湧いてくるわけではない。日常のトレーディング・デリバリーでお世話になっている顧客からニーズを聞き出したり、新しいビジネスのタネを見つけだしたりして、それがうまくいけば投資案件になる。

 

これは、やらなければいけない取材活動を通じて特ダネのタネを見つけ出すというジャーナリストの本懐に近いものがあると思う。

 

 

自分が少しの間総合商社に身を置いていたから、それと比較するだけで、本質的には「ルーティーンをこなしながら、特ダネを見つける精神」はどんな仕事にも求められる共通の要素なのかもしれないと思った。

 

 

!!ばっ!!<おしまいの合図>!!ばっ!!