yamachan blog  (社会派うどん人の日常)

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「いいひと。(高橋しん)」にみる20年前の人事的課題(その2)〜均等法第一世代の女性総合職〜

漫画「いいひと。」を材料に約20年前の人事的課題を探ってみようというシリーズ。

 

あくまで漫画なので、現実をそっくりそのまま切り取っているわけではないが、かといって全てがファンタジーというわけではない。漫画に表出してくる当時の時代状況や規範意識を汲み取っていくのが、このシリーズの目的である。

 

第一弾のテーマは

「均等法第一世代の女性総合職」 

 

この漫画には、数多くの働く女性が登場する。

今回は、下の表紙に描かれている2名を題材にしたいと思う。

 

<① 二階堂千絵・人事部>         <② 有森あゆみ・LCチーム>

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①二階堂さん

◇人物紹介

東大文学部卒業・人事部所属・教育研修担当・役職は主任。属性は美人ドジっ子。東大卒という設定にもかかわらずインテリ風描写はあまりない。

役職から推察するに、入社5〜8年目と思われる。漫画の連載開始が1993年。逆算すると、彼女の入社年次は1986年〜1989年、時はバブル期。

 

 

また、彼女は「均等法第一世代」であるともいえる。

男女雇用機会均等法によって「女性総合職」*1が生み出されたのが、同法が施行された1986年以降の出来事。折からのバブル景気が重なり、1986年から1992年くらいまで女子学生がある程度、総合職として大企業に採用される時期が続いた。こうして採用された人たちを「均等法第一世代」と呼ぶことがある。

 

 

◇均等法第一世代・二階堂さんの扱い

第二巻の社内研修の場面で、上司である清田係長は彼女(研修担当社員)が主人公のゆーじ(新入社員)と社内恋愛をしていると勘違いをして、彼女を罵倒するシーンがある。

 

・大切な研修中に、研修生と社員が、社内恋愛することが悪くないのかあ!

・まあ、それに関しては許される方法がないでもない…

・君も女性総合職だなんだと入ってきたのはいいが、どう扱ってよいものかと、会社でももてあましているんだよ。同期で残っているのも、もはや君一人…他のみんなは今頃何しとるかね。北野と結婚して退職したらどうかね?

・私は…その…女性総合職というのはあまり認めていなくてね。仕事もろくにできないくせにプライドばかり高くて。あ…いや、これは君のことを言っているわけじゃなくて…私は逆に心配しているんだよ。女には、女らしい道があるんじゃないかと…ね。 *2

 

あくまで漫画の一作品の描写に過ぎないのだが、実際に1980年代中頃までは結婚退職制を就業規則に定めていた大企業も少なくなかったという事実がある。また、成文化されていない会社の慣習として結婚退職制に近いことを行っていた企業はもっと多かったろう。均等法が施行された後とはいえ、男性社員の意識は急には変わらない。上述の引用文のようなことを面と向かって言う者は多数派ではないだろうが、似たような意識を持っていた男性社員は多かっただろう。

 

対して、現在のふつうの企業人事パーソンならば、こう考えるであろう。

"優秀な女性が30歳前後で結婚・出産を機に退職をしてしまったら、人材の投資回収という意味で企業は大損。また長く働けない企業だと女子学生に思われてしまっては、母集団が集まらない。なんとかして長期で働けるように工夫しなくては。"と。

 

だが、20年前の大企業人事部には、女性総合職を長期で働いてもらうような発想がそもそも欠如していた。女性総合職を迎え入れる側の企業の受け入れ態勢不足。これが均等法第一世代の女性に立ちはだかった第一の壁であったといえよう。

 

 

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②有森さん

◇人物紹介

大学まで陸上一筋・LCチーム所属・役職は係長・属性はツンデレ姉御。名前の由来は陸上の有森裕子かと。設定上、二階堂さんよりも数歳年上のアラサー。

 

 

◇「女性らしさ」を活かした商品開発という言説

彼女の所属するLC事業部、この正式名称はLady's Creative TEAM。様々な方面に秀でている女性総合職+一般女性事務職を組み合わせた製品企画部、といえば聞こえはいいが、成果を出せておらず、Lady's Cemetery(女性の墓場)と呼ばれている。

こんな女性ばかりの問題部署に主人公のゆーじが配属されるところから、LCチーム編はスタートする。

 

当初、男性に対する対抗意識が目立っていた有森リーダー。結果が出ずに焦り、周囲からは"私は男に勝つために仕事をしているのではない。リーダーにはついていけない。"と言い放たれ、チームは解散の危機に追いやられる。

 

その危機を救ったのは、主人公のゆーじ。男性だからとか女性だからという性差を前面に出すのではなく、自分らしく自分のやりたいことを追求し、顧客に喜んでもらうのがLCチームの本来の目的なのだということを、言葉ではなく行動と雰囲気で周囲に気づかせる。

 

 

ここで私が引っかかったのは、"女性ならではの新商品開発"  "女性ならではのおもてなし"といったようなフレーズが、ビジネスの世界で未だに大手を振って使われているのではないかという疑念である。昔との比較はなかなか難しいが、ビジネス雑誌を見るとこの手の企画は多い。

もちろん私は女性が商品開発に携わることを否定しているのではない。ただ、性差を極端に強調するきらいが未だに残っていることが気になってしまうのだ。

 

例えば女性向けの商品の顧客のニーズをキャッチしやすいのが、女性であることは確かだろう。ただ、チームとして動くうえで、女性だから・男性だからという以前にプロフェッショナルとしての意識が前提であることを忘れてはいけないだろう。この漫画ではそのような前提を気づかせる役となったのは先述の通り主人公である。

 

この物語が描かれてからもう20年が経った。女性を全面に出したプロジェクトチームで満足する段階から、そろそろ違うフェーズに移ってもいいのではないかと私は思う。

  

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◆均等法第一世代(二階堂さん・有森さん世代)の現在地

二階堂さんは最終巻までドジっ子キャラのまま人事部OLを続けている。その後はよく分からない。対する有森さんは、LC編でヒット商品を生み出した後にライテックスを退社、起業の道を歩む。 

 

 

では、現実の均等法第一世代はどのような道筋を辿ったのだろうか。

残念ながら幹部ビジネスマンとして活躍している女性はごく一握りである。代表格はDeNA創業者の南場智子(1986年津田塾大卒)だろうが、日系大手企業で取締役にまで出世している女性はごく少数である。以下のような記事もあるが、取締役就任のニュースが写真付きで大々的に新聞記事になるということは、ボードメンバーになる女性はまだ非常に少ないことの裏返しである。*3

 

女性役員、先駆者たちは 金融大手、均等法「第1世代」を登用(朝日新聞.2014.4.28)

 

 

安倍政権では、「上場企業に少なくとも女性1人」という目標が掲げられているが、なかなか短期間では難しいと私は思う。なぜなら、この漫画で描かれたような受け入れ態勢の不備により、取締役就任候補としての女性総合職人材プールが大きく不足しているからだ。ただでさえ女性総合職採用者が少ないのに、それに加えて結婚退職を強いられた者も多い。20年以上前に企業が人材戦略を一気に転換できなかったことが、今になって響いているといえよう。

 

 

均等法世代以後の女性キャリアの実情、今後の展望については、以下の本を猛烈にお勧めする。

 *参考文献:女子のキャリア ─〈男社会〉のしくみ、教えます(海老原嗣生)

   ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

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*1:もちろん男女雇用機会均等法以前にも、現在の総合職的な働き方をしている女性は公務や外資系企業など限られたセクター内ではあるが存在した。しかし、大手企業を中心に総合職/一般職というコース別人事制度が生み出しされたのは均等法以後の話であり、それ以前には「女性総合職」なる言葉は存在しなかった。

*2:いいひと。2巻.P9-P11

*3:日本の上場企業における女性取締役は1.2%(米調査会社GMIレーティングス2011年調べ)