「いいひと。(高橋しん)」にみる20年前の人事的課題(その3)〜派遣社員とメンバーシップ型雇用〜
「いいひと。」×人事的課題 のシリーズ第3弾。
今回のテーマは、"派遣社員"
メインとして登場するのは、桃井珠子(22)
高校卒業後、販売員として4年間はたらく。今はライテックス社の派遣社員として、丸一百貨店にて勤務。水着売り場担当。 営業成績はトップクラスで何度も表彰されるものの、周囲の派遣社員とは積極的に交わらず、やや浮いた存在。
◇百貨店編の話あらすじ
社内のエリート部署といわれる第一営業部に異動となった主人公ゆーじ。その第一営業部のミッションは、相手先の小売り現場とメーカーである本社の間に立ち、商品の売上げを上げることだ。
ゆーじは重要取引先の丸一百貨店のスポーツ用品売り場担当になり、そこで水着売り場担当の桃井さんに会う。なぜか彼女はゆーじに一目惚れし、猛烈にアタックするものの、彼は自然体でひょうひょうとしている。
そんな折、派遣先である百貨店の経営不振を受け、派遣元のライテックス社では、派遣社員のリストラが計画されていた。果たして派遣社員である彼女の運命、そして主人公ゆーじへの片思いの行方は如何に。
◇桃井さんの労働関係
彼女の労働関係は下図のような三角関係で表すことができる。
桃井さんを雇用するのは、メーカーであるライテックス社。
実際に働くのは、小売りの丸一百貨店。
ライテックスが丸一に対して販売員を派遣するという契約が結ばれている。
◇派遣社員のリストラ騒動
先述した物語のあらすじにて、派遣社員のリストラ騒動が描かれていることについて触れた。そして、社員旅行での振舞い方がリストラの基準の一つとして使われようとする場面がある。
【稲葉(ゆーじの同期社員)】まあ、桃井さんは売上げに関してはピカイチだから問題ないんだ。事実、いままでは多少のワガママにも目をつむっていたし… だが、今回ばかりはそうもいかんかもしれん…デパート自体が不況で体質改善を迫られている時代でもあるしな。「成績さえよけりゃ、周囲と強調しなくてもいい」なんてのは、リストラに引っかかるかもしれん。*2
【営業本部長】えー明日の派遣旅行だが、先日の会議でも言った通り、派遣社員を減員する上で、この旅行を重要なチェックポイントとして利用したいと思う。普段見られない仕事以外の行動や、集団行動についてチェックすることがひとつ。
さらに昨今は、デパートの客も商品だけでなく従業員の態度にも敏感になってきている。そういう厳しい時代であるから、営業、派遣、一丸となって頑張らねばならぬ。今回のバス旅行は、両者の協調精神すなわち"和"の意識を高め、浸透するイミでも非常に重要な機会だ。心して取り組むこと!*3
この文章を読んで違和感を感じなかった方は、日本型の雇用にどっぷり浸かっているのかもしれない。 「日本型の雇用」とは一般的には、終身雇用・年功序列・企業別労組の3要素によって構成されるといわれるが、実は日本型雇用の本質はそこにはないと私は考える。
◇ジョブ型とメンバーシップ型
人事関係者にはhamachanブログで御馴染みの濱口桂一郎は、欧米諸国と日本の雇用制度の違いは、「人と仕事の結びつき方にある」という。
「仕事」をきちんと決めておいてそれに「人」を当てはめるというやり方の欧米諸国に対し、「人」を中心にして管理が行われ、「人」と「仕事」の結びつきはできるだけ自由に変えられるようにしておくのが日本の特徴(である。)*4
彼は、欧米諸国型を「ジョブ型」、日本型を「メンバーシップ型」と命名している。
そして、ジョブ型とメンバーシップ型の違いが明確に表れる一場面として、採用の場面が挙げられる。前掲,濱口からの引用が長くなるがご了承いただきたい。
まず、欧米諸国におけるジョブ型の採用場面。
これは、「仕事」の方を厳格に決めておいて、それに最もうまく合致する「人」を選定するというやり方です。
(このようなジョブ型の)やり方をとろうとするときには、「仕事」の内容、範囲、責任、権限などを誰が見ても全く紛れのないように明確に決めておく必要がある。それがあいまいであっては、それを担当する「人」を探そうにも探しようがないし、かりに「人」を適当に決めてしまっても、その「人」が何を、そしてどのように行ったらいいのか分からなくなり、その結果組織がうまく動かなくなってしまう。ということは、企業活動を効果的に遂行するために必要な全ての職務一つひとつについて、上は社長権限から下は平社員の権限に至るまで、例えば「職務記述書」ないし「権限規程」等の様式により、明確にされていなければならないということである。
(中略)
ここで、何よりも重要なことは、職務をあらかじめ定められた通りに完全に遂行する限りは、その職務についてあらかじめ定められている賃金などの労働条件が、それを担当する「人」に当然の権利として保証されるということです。それは、その「仕事」の内容、責任、権限に基づいて決められているものであり、その仕事に一切関係のない一切の出来事、例えば入社年次とか、採用時の資格とか、男性女性と言った条件とは全く関係ありません。欧米で一般的な「職務給」(濱口のいうジョブ型)とは、まさにそういうものです。*5
対する日本における採用場面。(メンバーシップ型)
日本で多くの労働者がぶら下げているレッテルは、私は「仕事」がこのくらいできますというレッテルではなく、私は何々の会社ですというレッテルです。
これは先に述べた「人」と「仕事」を結びつける第二のやり方、つまり「人」の方を先に決めるやり方に由来するのです。このやり方の場合、その「人」が、その「仕事」を担当する素質なり、潜在能力なりを持っておればよく、必ずしもその「仕事」をこなせる必要はありません。むしろ、実際に仕事をこなしながらそのスキルがあがっていくことが一般的には期待されています。(中略)
それ(仕事を担当する素質や潜在能力)を何で判断するかというと、年齢であったり、学歴であったり、さらには人間性などというあいまいなものであったりするわけです。*6
よく読めば、ジョブ型とメンバーシップ型の違いがお分かりいただけるだろう。そして、人と仕事の結びつきの起点が「仕事」なのか「人」なのかで、採用評価基準の性質に大きな違いが出てくることも理解できるだろう。
ここで指摘したいのは、メンバーシップ型の場合、「人」と「仕事」を繋ぐ起点が「仕事」ではないゆえに、必然的に採用基準をはじめとする評価基準が相当あいまいなものにならざるを得ないということである。
そして会社に入ってからは情意評価といわれるような人間性(協調性・規律性・責任性)評価が前面に出てきた時代が長らく続いた。 *7仕事に関係ある場面ならば、情意評価は適切な評価方法の一形態といえるだろうが、仕事に関係のない場面で情意評価がなされてしまう場合も少なくない。
例1:あいつは飲み会でノリが悪いから協調性がない。
例2:彼は二股交際をしているから誠実性が足りない。
これは今も日本のどこかで絶えず行われている人事評価であろう。仕事に関係のない場面で評価がなされ、それが賞与・昇進に反映してしまうのは、相当奇妙だと私は思う。
欧米では、私事を人事評価に一切含めていないと言い切ることはできない。だが、そこでは「仕事」という評価基準が明確であるために、プライベートな事柄を人事評価されないストッパー役として職務記述書等が機能していることは確かだろう。
・派遣社員を、「仕事を離れた人間性」で評価するというズレズレ
派遣社員の桃井さんに話を戻そう。
桃井さんの派遣元(ライテックス)と派遣先(丸一百貨店)では、丸一百貨店で働く販売員をライテックスから派遣してもらうという、契約が結ばれていたと考えられる。*8
そこで働く桃井さんの職は販売員に限定されている。販売員という「仕事」を基準とした「人」との結びつき。これは、ジョブ型雇用と近い性質を持っているといえよう。
しかしながら、法律上の性質とは裏腹に、実態としては彼女ら派遣社員には、メンバーシップ型の性質が亡霊のように取り付いてしまっている。
"仕事と関係性の薄い「派遣旅行」で、「普段見られない仕事以外の行動や、集団行動について」チェックし、リストラ人選を考えるにあたっての評価にする。"
法制度や契約といった外形上では、ジョブ型のようにも見える派遣社員の外側を剥いてみたところ、なんのわけもない、日本型メンバーシップ型の雇用の亜種ではないか。
彼女ら派遣社員の評価は「仕事」だけにとどまらず「仕事に関連する人間性」からさらに進展して、「仕事に関係のない人間性」にまで広がっていたことが見てとれる。メンバーシップ型が意識されないほど根を張っている日本社会以外では、そうそうないことであろう。
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漫画の一場面から、日本型雇用の特質について延々と述べてきた。分かりづらかった部分、説明が雑な部分も多々あったかと思う。残念ながらこれ以上は私のキャパオーバーのため、参考文献を紹介するということでご容赦いただきたい。全て新書なので読みやすい部類かと思う。
・名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか(海老原嗣生/荻野進介)
次回は物語の終盤であるリストラ編をテーマにお送りする予定。奇しくも、リストラ編が始まったのは山一証券・北海道拓殖銀行が倒産した1997年となっている。つくづく時代状況をうまく反映している漫画である。
乞うご期待!!