労働法ワンポイントメモ:「公益通報」と「申告」
最近の労働関係の話題を掘り起こしておこう。
〜〜ネタは「たかの友梨ビューティークリニック」〜〜
エステティックサロン「たかの友梨ビューティクリニック」仙台店(仙台市青葉区)で、従業員の給料から研修費を天引きする際に適切な労使協定が結ばれていなかったなどとして、仙台労基署は22日までに、労働基準法に基づき、運営会社の不二ビューティ(東京)側に協定を結び直すことを勧告した。
従業員を支援するブラック企業被害対策仙台弁護団によると、同社は仙台店の従業員代表と天引きをめぐる協定を適切に結んでいなかった。このほか、有給休暇を取らせなかったり、残業代を減額したりした。
ここまでは、ままある報道ではある。ただ、問題がここで終わらなかったのが、この件の特異なところ。やや長いが、労基署に申立てを行った従業員が再度厚労省に対して行った申立書を引用する。
◯ たかの友梨ビューティクリニック従業員が厚労省に提出した「公益通報」申立書(全文):弁護士ドットコム
●たかの友梨ビューティクリニック従業員による申立書
私こと●●は、下記の通り、公益通報保護法違反、労働組合法違反について申し立てます。 私は労務提供先である株式会社不二ビューティ(たかの友梨ビューティクリニック)に対して、労働環境改善のためユニオンに加入して団体交渉を行い、また労働基準法違反に関して仙台労働基準監督署への申告を行いました。その結果、仙台労働基準監督署からは是正勧告を出していただきました。女性が働きやすい職場に変わってもらいたいという思いで行った行為でした。
しかし、代表取締役である高野友梨氏は、私が勤務する仙台店に直接現れ、同店の全従業員が見ている中で、ユニオンの団体交渉や労基署への申告を行ったことについて非難しました。同社が労働基準法に違反することじたいを開き直り、労働基準法を遵守させることで同社を潰すつもりかと詰問しました。また、ユニオンの団体交渉や活動に対する批判の文章を全店舗にFAXにて送付することも行っており、それをその場で管理職に読み上げさせるなど、私に対する圧迫的行為を2時間半に渡って断続的に続けました。
その結果私は精神的に追い詰められ、体調を崩し夜も眠ることができず、会社に出社できなくなりました。これは、公益のために通報を行った労働者に対する不利益な取扱いを禁止する公益通報者保護法の趣旨を逸脱する行いであり、今後同社から公益通報を行うことを著しく困難にする行為です。また、高野友梨氏が私やユニオンに対して行った行為は明らかに不当労働行為であり、労働組合法違反です。そのような事実をここに公益通報として申し立てます。
労基署に申立てを行った労働者に対する報復措置をあからさまな形で使用者が行ったことが報じられたわけだが、かような使用者側の行為が報道されることは今までにあまりなかったように思う。
既に報道から1週間ほど経っていることもあり、有名無名かかわらず多くの論者がこの事案について言及しているので、 私は敢えて当該使用者の行為については論じない。
ここで私がピックアップしたいのは、「公益通報者保護法」という言葉。
4月からの労基署での業務で時々出てきて、分かったつもりになっていたが、実は良く理解していなかった。また、「申告」という言葉が業務で頻出するが、前述の「公益通報」と何が違うのだろうか。仕事のノート代わりにまとめておきたい。
◯ 公益通報とは…
法律上の要件は以下の通りとなっている。
労働者が…①/不正の目的でなく…②/労務提供先等について…③/通報対象事実か生じ又は生じようとする旨を…④/「通報先」に通報すること…⑤
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①原則、労働基準法上の労働者(退職者は含まない)
③勤務先(派遣社員や構内下請けの場合、派遣先や請負元も含む)
④通報対象事実=一定の重大な刑法犯にかかる違法行為+行政処分の対象となりうる違法行為 のこと。一般的な悪いことすべてを含むわけではない。
⑤通報先=会社内部の通報期間、処分権限のあるお役所、その他マスコミ等
◯公益通報者保護法とは…
上記の要件に該当する公益通報を行ったものを民事上保護することが法の目的である。 保護対象者が労働者なので労働法の範疇に含まれるとされている。
具体的な効果としては……
・公益通報をしたことを理由とする解雇の無効その他不利益な取扱いの禁止
・(公益通報者が派遣労働者である場合)公益通報をしたことを理由とする労働者派派遣契約の解除の無効その他不利益な取扱いの禁止
また、公益通報を受けた行政機関等の義務も明示されている。
◯申告とは…
ところで、私の職場では、公益通報という言葉の50倍くらいの頻度で、「申告」という言葉が使われる。同じように法違反に関する申立てを意味する言葉なのだが、こちらは労働基準法に規定されたものである。
(労基法第104条ー監督機関に対する申告)
1 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
2 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。
実は申告の多くの部分は公益通報と重なり合っている。
公益通報者保護法の要件に照らし合わせると、申告とは、労働者が/不正の目的でなく/労務提供先について/労働基準法違反である旨を/労基署に通報すること、に他ならない。
しかし異なる部分はいくつかある。
第一に、労働者を保護するルートが異なる。公益通報は民事上の保護であるのに対して、申告は刑罰を前提にした間接的な保護である。前者は訴訟になったときに保護されますという話で、事業者を罰するというのは後者の話。労働者保護ルールに関して、ここがごっちゃになることが多いので要注意。
第二に、公益通報は退職者を含まないが、申告は退職者を含むということ。例えば退職者による未払い賃金の申告は、最もよくある相談の一つであるが、賃金請求に関しては在職中であるか否かにかかわらず、申立てが可能である。
ノート代わりのエントリーになってしまったが、最後もノートらしく、「公益通報」と「申告」の関係をベン図にまとめてみた。こういうことだよね!
<追記>
恐れ多くもhamachan先生にブログ上で赤ペン先生をしていただきました。いつもありがとうございます!
厳密にいうと、労働基準法104条2項という根拠規定そのものは、「刑罰を前提にした間接的な保護」であると同時に、それ自体「民事上の保護」でもあります。 (参考)太洋鉄板事件(東京地決昭25.12.28)