yamachan blog  (社会派うどん人の日常)

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企業側から見たホワイトカラーエグゼンプション(日経電子版:丹羽さんコラムより)

今年の春にかけて労働界隈を賑わせていたホワイトカラー・エグゼンプション。(以下、WEと略す。)最近とんと話を聞かなくなっていたが、久しぶりに日経紙面に久々にこの話題が出ていたのを発見した。

掲載媒体は日経電子版独自のコラム。 (電子版会員でなくても閲覧可。)

 

 ◯ ホワイトカラー・エグゼンプションへの疑問  (丹羽宇一郎氏の経営者ブログ)

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執筆者は丹羽さん(元中国大使・前伊藤忠商事会長)。産業界が積極的に進めようとしていると報じられている当該施策に対して、少し変わった視点から疑問を呈している。

 

 

筆者は、「中には労働時間の規制に縛られずに、自分の好きなように働いてもらって生産性をあげてほしいという企業もあるでしょうし、そのような報酬体系が適した仕事もあるでしょう。」と、導入推進派の主張に一定の理解を示しながらも、2つの理由を挙げて、WEの導入には消極的だと述べている。

それでは彼の主張を適宜引用しながら、 WEについて考えてみよう。

 

 

① 対象社員が長時間労働を強いられるのではないかという懸念

性悪説の立場にたった見方をすれば、この制度を使って働き盛りの社員に仕事を集中的に押しつけることもできるのです。一時期、一部のサービス業では、残業代を払いたくないがために「見せかけ店長」や「見せかけ管理職」が多く生まれ、社会問題になりました。 

続いて、とある中堅企業の管理職の奥さんの話を例に出し、WEが導入されると長時間労働に苦しむ従業員が増えるのではないかという危惧を示している。

上述の論旨そのものはよくある批判のひとつではある。産業競争力会議の場でもこの点は指摘された結果、導入推進側の企業側としてもWE導入の前提として「働きすぎ防止」・「ブラック企業の撲滅」を掲げるに至っている。 *1 但し、産業競争力会議のペーパーに対しては、現状の取組みを列記しているに過ぎず、労働時間そのものの規制などの踏み込んだ具体策に乏しいとの批判を労働側から受けている。

 

 

これに続く第二の理由が筆者独特のものであり、なかなか興味深い。

 

②一般従業員の能力向上に対して負の影響があるのではないかという懸念

見出しだけではなんのことか分からないので、彼の主張を以下引用する。

 

もうひとつの懸念材料として、ホワイトカラー・エグゼンプションによって現場のノウハウやスキルの継承が円滑に進まなくなるのではないか、というのがあります。昔の企業はヒラ社員も課長も一緒に残って仕事を手取り足取り教えたものです。
ところが、最近の企業は部署ごとに労働コストの管理が厳格になっており、昔のようなやりかたはできません。課長は残業代がつかないのでいくら残業しても課の労働コストは増えませんが、部下に残業させればさせるほど課の労働コストが増え、自分の評価にもマイナスになってしまうのです。ならば、部下を残業させて手取り足取り教えて仕事をやらせるより、残業代のつかない自分が残ってやってしまおう――。こんなケースが増えているのです。

 

私自身、「昔の企業」のやり方自体はよく分からないので前段についてはノーコメント。

対する後段では、「まっとうな企業」が陥ってしまいがちな事象が簡潔にまとめられている。ちなみにここで私がいう「まっとうな企業」とは、「労働関連法規を遵守すること」と「利益をあげること」を両立しようと試みる企業と定義する。

労働基準法に則り、使用者には管理監督者*2でない者に対して時間外割増賃金を支払う義務が課されている。対して、企業が継続的に経済活動をする上では、利益を出さねばならず、人件費というコストを減らそうとするのは、ある意味当然の摂理である。

しかし、この2つを両立しようと企業が労働時間管理を厳格に行おうとした時に不都合が生じると筆者は言う。「部下を残業させて手取り足取り教えて仕事をやらせるより、残業代のつかない自分が残ってやってしまおう――。」という上司が増えるのではないかという危惧である。これは時間外賃金割増のない管理監督者の業務量が増大し、長時間労働を促進するといった前述の指摘に加えて、OJTによる上司から部下に対する「暗黙知」の継承を困難にするという人材育成上の問題にも繋がってくる。

 

仕事のノウハウやスキルというものはマニュアルに明記して引き継ぎできるものばかりではありません。むしろ、言葉でなかなか言い表せず、手取り足取り指導することで継承できる「暗黙知」のようなものが重要です。ホワイトカラー・エグゼンプションが行き過ぎると、暗黙知の継承が難しくなってしまう恐れがあります。

 

 

筆者の主張そのものについて、私は感覚的には概ね同意する。ヒラ社員に対する労働時間管理が厳しくなると、36協定の上限を超えないように、期末ギリギリになって上司が当該社員の仕事を引き継ぐという事象は、ままあることであろう。このことが当該社員の人材育成にとって、会社や本人のために本当にいいことなのだろうか。それは、企業が真面目に労務管理と人材育成を考えている場合、生じるうる難問であろうと私は思う。

 

ただ、筆者の主張について一部割引いて考えねばならない箇所があることに一定の留意は必要だ。

暗黙知の継承が難しくなっている要因は、筆者の挙げた事柄だけではない。一企業内の人員構成の歪みや、パソコンの普及により、上司・先輩の背中を見て仕事を覚えるといった感覚が掴みにくい労働環境になっているということも大きな要因であろう。企業の人材育成を考えるうえでは、上述の別要因を考慮に入れる必要があり、WEの影響を過大に評価するのは適切でないだろうと私は考える。

 

 

最後のまとめとして、私にとって筆者主張のうち新鮮に感じる視点が2つあったので、述べておきたい。

 

① 「まっとうな企業」にとってWEがどう作用するのかという視点

これまでのWEを巡る議論では、企業の競争力を高めたいという産業側に対し、長時間労働につながるのではと危惧する労働側が対立する構図となっていた。そこでの労働側のおもな主張内容は、「WEを悪用するような企業」に対しての懸念であった。

逆に言うと、使用者側・労働者側ともに、「まっとうな企業」にとってWEがどのように作用するかという視点が欠けていたともいえる。対して筆者が「まっとうな企業」にとってWEがマイナスに作用する可能性を論じた点に関して、私は新鮮な驚きを感じたわけである。

 

 

②  WEが企業にもたらす影響は、残業代と労働時間だけではないかもしれないという視点

WEの中心問題は残業代を支払う義務のある社員の範囲をどうするかということである。ただ、いまの日本の労働環境では長時間労働及び過労死が問題になっており、付随する問題として労働時間規制をどうするかというイシューも生じてくる。これは産業競争力会議の議論を通じた使用者側と労働側の対立にそっくり対応する。

しかし、WEが企業にもたらす影響は残業代と労働時間に関わることだけではないのではないのかもしれないということを筆者の主張を読んで感じた次第である。WEは働き方そもそもに大きな岩石を投げかけるものであり、影響を及ぼすのは上記の2つの事柄に限らないという視点も十分にあり得る。

 

ここでさらに巨大な隕石を降らせることになるかもしれないと思っているのが、今週末に発売予定の  "いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる(海老原嗣生)”である。 

Amazonの紹介では「労働時間の規制を適用除外とするエグゼンプション制度。雇用の第一人者が「過労死促進法」といわれる制度の内実に迫る一冊。」と書かれてあるが、一般的な企業側及び労働側の見解とは違った位相で問題を投げかけるのではないかと私は期待している。WEに関しては、本書を読んでから続けてこのブログの続きを書くつもりである。

 

 

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*1:「個人と企業の持続的成長のための働き方改革」産業競争力会議 雇用・人材分科会(2014.5.28)

*2:労基法上の管理監督者は必ずしも企業内の人事管理上の「管理職」とは違うことに留意。