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yamachan blog  (社会派うどん人の日常)

コシのつよいうどんのような、歯ごたえのある記事をお届けします。

「メンバーシップ型/ジョブ型」意識調査

4ヶ月ぶりのブログエントリー。〜休眠から帰還〜

 

1週間ほど前に、みずほ情報総研が、日本の雇用形態にかかわる意識調査をしていたので、それについて考察しよう。

 調査内容は以下のタイトルをクリック!

 

本調査の脚注で定義された「メンバーシップ型」「ジョブ型」の定義は以下のとおり

*1:メンバーシップ型とは、就「社」と言われるように職務を定めずに人を採用し、人に仕事を貼りつけ、メンバーとしての雇用安定・待遇と引き換えに無限定な働き方を求められる、我が国特有の雇用の形。


*2:ジョブ型とは、特定の仕事に人を貼りつけ、その仕事の存続や遂行能力に応じて雇用の継続や待遇が決まる諸外国に一般的な雇用の形。地域や労働時間の特定された「多様な正社員」の形態も広義にはこれに含まれる。

 

定義そのものは、人事労務界隈で用いられている「メンバーシップ型・ジョブ型」と隔たりはない。「メンバーシップ型・ジョブ型」という対比を世に広めた濱口桂一郎は著書で端的にその用語を説明する。

「仕事」をきちんと決めておいてそれに「人」を当てはめるというやり方の欧米諸国に対し、「人」を中心にして管理が行われ、「人」と「仕事」の結びつきはできるだけ自由に変えられるようにしておくのが日本の特徴だということです。*1

 

一見するとこの調査では、濱口の定義に沿って調査が行われているように思える。

しかしながら、よくよく見ると、この調査と濱口とでは、「メンバーシップ型・ジョブ型」の捉え方に大きな断層がある。

 

 

みずほ情報総研調査によるジョブ型「意識」 

リンク先の注意書きをよく見てみると…

*4:労働者自身の意識を確認し、以下の4類型に分けて分析を実施

(1) 「○○業界の人間」である(例「広告業界」「証券業界」) → ジョブ(業界)型
(2) 「○○職の人間」である(例「営業職」「技術職」) → ジョブ(職種)型
(3) 「○○会社の社員」「○○法人の職員」である → メンバーシップ(就社)型
(4) 「会社員」「団体職員」である → とにかく社会人(就職)型

本調査ではまず、「ジョブ型」意識を「ジョブ(業界)型」と「ジョブ(職種)型」に区別した。日本では職務定義が諸外国と比較するとそれほど明確ではないため、自身の仕事を「自分は○○業界の人間である」とする認識も広義のジョブ型(「ジョブ(業界)型」)と捉え、分析の対象とした。

また、特定の企業・法人への所属意識については「メンバーシップ(就社)型」、一般的な「会社員」「団体職員」であるという意識については、「とにかく社会人(就職)型」と呼ぶことにした。

 

ずいぶんと大胆な割り切りである!

 

「日本では職務定義が諸外国と比較するとそれほど明確ではないため」という前提で,ジョブ意識を「職務」から「業界」まで広めている。ここまで広げてしまうと、あくまで意識調査とはいえど、調査主体が自ら定義したジョブ型とは似ても似つかないものになってしまうのではないか?

 

ジョブ型の場合、職務範囲および権限は厳格に決められる。

「人」と「仕事」の結びつけ方を前者のケースのように「仕事」をベースとし、それに合致した「人」を選んではりつけるというやり方をとろうとするときには、「仕事」の内容、範囲、責任、権限などを誰が見ても全くまぎれのないように明確に決めておく必要がある。それがあいまいであっては、それを担当する「人」を探そうにも探しようがないし、かりに「人」を適当に決めてしまったとしても、その「人」が何を、そしてどのように行ったらいいのか分からなくなり、その結果、その組織全体がうまく動かなくなってしまう。ということは、企業活動を効果的に遂行するために必要なすべての職務の一つひとつにおいて、上は社長権限から下は平社員の権限に至るまで、例えば、「職務記述書」ないし「権限規程」などの様式により、明確にされていなければならないということである。*2

 

ジョブ型の場合、契約で相互に合意した職務の範囲・権限が、人事労務管理のキモなのである。そういった意味では、現在日本で働く人で職務がジョブ型だといえる人は、医療関係者を除けばそう多くはないだろう。

これまでの専門を別の会社で試すために中途入社したものの、途中で配置転換されるというケースさえままある。私の知り合いのケースでは、10年間採用一筋で中途採用されたが、配置転換でディレクターの仕事をしているという話を聞いた事がある。

 

 

私のジョブ型「意識」と職場「制度」のズレ

私自身が回答者となったとして、考えてみよう。

(1)労働業界の人間である←せやね

(2)労働基準監督署の人間である←せやね、それ専門の試験通ったわけだし

(3)厚生労働省職員である←せやけど、年金のことは分からんし

(4)公務員である←せやけど、公務員といっても自分の仕事は…と付け加えたくなる

明らかにこの回答だと、「ジョブ型」という意識が強く出ている。

 

だからといって、自分がジョブ型かというとそれは違うだろう。

自分の職場は労働基準監督署に限ったものではなく、都道府県労働局、霞ヶ関の厚生労働省、外郭団体等も可能性としてありうるし、辞令ひとつで職場を変わらなければならない。Noという気はないものの、辞令に対する拒否権はほぼないだろう。職務もそれと同じで、内部システムの改修やら、通達の制定、法案審議の調整も可能性としてありうる。どう見ても典型的な「メンバーシップ型」である。

 

この調査はあくまで個人の主観的な「ジョブ型・メンバーシップ型」意識を数値化しているものであり、その個人の所属する集団の組織がどちらの論理によって人事管理されているかについては触れられていないため、ズレが生じるわけである。

 

もちろん、この調査がまるっきり無意味だと言いたいのではない。

例えば、調査結果のサマリーにある以下の結果は、労働研究で言われている定説を個人の意識面でも肯定するものである。

「自分はジョブ(職種)型」である”という意識は、企業規模が小さくなるほど強くなる。一方、企業規模が大きくなるほど、“「自分はメンバーシップ(就社)型」である”という意識が強くなる傾向が見られた。

一般的に企業規模が大きいほど配置転換の可能性と幅は大きい。そのため中高年層であってもメンバーシップ意識が強く残るのは大企業であろう。

 

 

ただ、個人の「意識」と組織の「制度」が大きくズレることについて、この調査は何ら回答をしていないことは確かである。今後の継続的な調査に期待したい。

 

 

*1:「若者と労働(濱口.2013 P.35)」

*2:「前掲(濱口.2013.P30)」