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yamachan blog  (社会派うどん人の日常)

コシのつよいうどんのような、歯ごたえのある記事をお届けします。

「裁判例」の落とし穴〜「労働基準広報」の致命的ミス

労働・人事全般

 「労働基準広報」という業界専門誌がある。

 

 株式会社労働調査会 が月3回の頻度で発行している定期刊行紙で、私の職場では業務参考のために定期的に回覧されている。直近の労働裁判判決の解説、雇用情勢の動向、マニアックなところでは巻末近くに労働基準監督署長のエッセイが掲載されており、私にとっては読むべき部分の多い冊子である。

 

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最近回覧されてきた冊子(平成28年6月11日号)の表紙を見ると、何やら見覚えのある事件名……

 

労働判例解説シャノアール事件

約8年半契約更新繰り返したアルバイトを雇止め更新実態等から労働契約法19条1号・2号ともに該当性を否定(平成27年7月31日・東京地裁判決

 

シャノアールといってもピンと来ないが、街中でよく見かける「カフェベローチェ」の運営会社と聞けば分かる人は多いだろう。

 

◯事件概要 

事件概要を本誌から抜粋する。

本件は、会社Yの下で長期間アルバイトとして勤務してきたXが、Yの方針による雇止めに対し、雇止めの無効を主張し、地位確認及び賃金請求した事案。また、Xが加入した労働組合とYとの間での団体交渉等でのYの発言が不法行為に該当するとして、慰謝料も請求していた。

本件では、Xは、3年7ヶ月にわたり14回の契約更新を繰り返し、一旦契約終了後、4年11ヶ月にわたり19回の契約更新を繰り返していたが、Yが平成24年3月から新たに導入したアルバイトの更新上限を4年とする方針に基づき、Xを雇止めとした。

 

この事件の経緯はメディアでも取りあげられていたが、その大きな要因としては、団体交渉の場で「従業員が入れ替わらないと新鮮度が落ちる」と言われたという原告の女性店員側の主張がクローズアップされたためである。

 

一審(東京地裁)は原告側の敗訴であったが、控訴ののち二審では会社側が原告に解決金を支払う内容で、和解*1が成立している。

 

  

◯「労働基準広報」の致命的ミス

実は多少の法学的素養があれば、事件の内容に立ち入らなくても「労働基準広報」の当該記事が致命的ミスを犯していることが分かる。

 

当該記事は二重の意味で致命的ミスを犯している。

まずは1つめのミス。

①一審判決を、確定判決であるかのように紹介していること

当該記事を紹介している箇所を読み返していただきたい。

「(平成27年7月31日・東京地裁判決)」とある。

 

当該記事が掲載された「労働基準広報」の発行日は本年6月11日。

二審の東京高裁での和解成立が本年2月16日。

二審では判決に至らなかったが実質的に原告の勝利といってもよい条件で和解が成立したにもかかわらず、発行時に判明している重大な事実に全く触れていない。この記事だけ読むと一審判決が確定判決であるかのように誤信してしまうだろう。

  

 

◯そもそも「判例」とは

2つ目のミスを指摘する前に、何度も使用している「判例」という言葉の定義をはっきりさせておこう。

判例」とは最も広い意味では、あらゆる裁判(判決・決定)を差して用いられる場合もあるが、学会では、裁判所の判断において従われる可能性の高いルールに至っているものを「判例」と呼び、そのような状況に至っていない個々の裁判所の判断を「裁判例」と読んで区別する立場が有力である。

裁判所の判断においてそれに従う可能性の高いルールに至っているもののうち、最高裁の判断であるものを最高裁判例と呼び、裁判所による法の統一的、安定的な解釈適用を担保する重大な機能を担っている。

また、最高裁判決が下されていなくとも、下級審の判断が数多く蓄積され、裁判例の確立したルールと見ることができる場合には、これも判例と呼ぶことが多い。*2 

 

 

◯ 「裁判例」の落とし穴

当該記事の2つ目のミスは

②単なる「裁判例」を「判例」であるかのように紹介していること

上述の定義では、「裁判例」と「判例」の境目は曖昧であるが、少なくとも本判決は「判例=下級審の判断が数多く蓄積され、裁判例の確立したルール」とは言えない。

同一の裁判過程で二審では結果が一審と正反対となっているのに、判例といえるはずがない。

また、補足だが、本裁判のサブテーマである、「有期契約の上限規定が労働契約法第19条の無期転換ルールに反するか否か」は、裁判例の蓄積もそれほどなく、学説でも見解が分かれており、確定的なルールとなっていない。

 

 

◯まとめ

今回は普段活用している定期刊行誌の記事の誤りを指摘したわけだが、私も類似の誤りをしてしまうリスクは大いにある。最近は、労働訴訟関係のニュースが大きく取りあげられることが増えている。

・下級審判決で控訴予定のものを確定判決だと勘違いしていないか

・単なる裁判例を影響力のある判例だと誤信していないか

・判決文の事実判断を確認せずに、判決について論評していないか  etc.

 

私はこの調子でネットで情報発信を続けるつもりであるが、その際にはこのようなことに気を配ることが大事だと思う。

 

P.S.そういえば昔、人事界隈の仲間で「判例勉強会」をやっていたのだが、第1回発表で自分が取りあげた「モルガンスタンレー事件(割増賃金)」は地裁判決かつ判例とは呼べないものだなあ。すみませんでした(´・ω・`)(´・ω・`)

 

 

 

 

*1:和解内容の詳細は原告を支援した労働組合のHP参照

http://www.seinen-u.org/yuuki-koyou.html

*2:労使の視点で読む 最高裁重要判例 P.7〜P.8