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yamachan blog  (社会派うどん人の日常)

コシのつよいうどんのような、歯ごたえのある記事をお届けします。

労働基準法はなぜ守られないか〜使用者の認識フローチャートから考える〜

「労働法規は道路交通法規と同じくらい守られない法律である

 

皮肉なことだが、非常によくできたフレーズだと思う。

ブラック企業」という用語がメディアに取りあげられはじめたのは5年ほど前だが、このフレーズはそのはるか以前から使われ続けているものだろう。

 

愛知県の状況*1を一例に挙げてみよう。

平成 26 年に管下の労働基準監督署が実施した定期監督*2実施結果によると、監督実施件数は5,395事業場、うち3,961の事業場に何らかの違反が見られたとのことである。割合にして約73%の事業場で何らかの法違反が指摘されている。労働法規は道路交通法規と同じくらい守られていないといわれても仕方のない数字であろう。

  

では、なぜ労働法規は守られないのだろう。

識者の一見解だが、監督官の人数が少なすぎること、労基法そのものに抜け穴的な構造があること、労働基準監督署には労働基準法最低賃金法などの刑事罰が規定されている法律に対してしか捜査・処罰権限がないことなどが指摘されている。*3

 

これらの指摘はかなり的を射ているように私は思う。ただ、取締側から見た問題点を列挙したものであるため、見落とされている点もあるように感じる。

そこで今回は、使用者がどのようような認識で法律違反を犯しているかフローチャートを用いて考えることとする。使用者の認識の根拠として私自身が監督指導を行った際に使用者がよく発する「弁明」を用いることとする。なお、問題の焦点を絞るため、労働法規のうち「労働基準法」にかかる法律違反に限定することをご了承願いたい。

 

 

◯法違反をする使用者の認識フローチャート

一般的に法違反の認識は、事実認識と違反認識の2段階に分かれる。よって、法違反をする使用者の認識フローチャートは以下のとおりとなる。

 

(1)使用者が法違反該当行為(作為/不作為)を認識しているか

①NOの場合

②YESの場合 → (2)へ進む

(2)使用者が当該行為を違法なことだと認識しているか

①NOの場合

②YESの場合

 

 

◯法違反をする使用者の具体的認識の一例

労働基準法第15条第1項(労働条件の明示)を一例として、法違反をする使用者の認識を考えてみよう。

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項*4については、厚生労働省令で定める方法(書面の交付)により明示しなければならない。 

労働契約のうち賃金や労働時間などの重要事項については、労働者に書面を交付することを明示しなければならないという規定である。もちろん正社員、パート、派遣労働者などの雇用形態にかかわらず適用される。

 

(1)使用者が法違反該当行為(作為/不作為)を認識しているか 

①NO(労働者に書面交付をしていないという事実を使用者が知らない)場合

社長A「細々とした仕事は庶務担当の従業員に一任しているので全く知らん。」

このように言われることは企業規模が小さい会社であっても少なくない。 刑事処罰をする場合には、故意がないと罰することができないという原則があるため、違反事実があるというだけでは社長を処罰できるわけではない。ただ、社長が労働契約に関する事実について容易に知ることができるにもかかわらず知らないままでいるということそのものが、労働基準法違反のひとつの要因になっていることは確かであろう。

 

②YES(労働者に書面交付をしていないという事実を使用者が知っている)場合

→ (2)へ進む

 

(2)使用者が当該行為を違法なことだと認識しているか

①NO(使用者が当該行為を違法なことだと認識していない)場合

この場合、社長の弁明にはさまざまなバリエーションがある。

社長B「社員には口で説明しているから問題ないやろ。」

←「だめです。法律に書いていますし、書面を交付しないと会社側にとっても労働トラブルが増える元ですよ。」

 

社長C「求人票に労働条件を書いているから書面を出さんでもええやろ。」

←「求人票はあくまで広告なので労働条件通知書の代用にはなりません。その後話し合いをして労働条件を決めていますよね。しかもその手元にある労働条件通知書、「時給1000円〜1200円*資格・能力により判断する」と幅をもって書いてあるので、労働条件明示になりませんよ。」

 

  社長D「パート社員は契約更新があるから書面を交付している(ドヤッ)。正社員には契約更新がないから書面はいらんでしょ。」

 ←「残念なことにこのような対応をとっている会社はかなり多いんですよ。法律にはパートに限定すると書いていません。働き始める時に労働条件を示す必要があるのは、正社員でもパートでも変わりないですよね。」 

 

社長E「社員の中には書面など要らないという者がいるので、それに従ったまで。」

←「労働基準法は強行法規です。強行法規というのは当事者の合意よりも法律の規定の方が優先されるということです。仮に社員の同意があったとしても守らなければならないです。」

 

社長が違法であることを認識していないときに、法律の条文そのものを知らないという場合は少なくない。しかしながら、法律の条文を詳細に知っているわけではないが、なんとなくダメなことだとは知っていている、だが自分の会社は違反ではないと思っている場合も多い。

これは法律の趣旨や役割を理解していないことが原因である。特に社長Eのように「労基法が強行法規だということを全く理解していない」と感じる場面が非常に多いのが最近の私の問題意識である。

 

労働基準法の別条文の例になるが、私は以下のような社長の弁明を何度も何度も聞いている。

社長F「無断で退職した労働者には最後の月の賃金は支払わない。」

社長G「仕事をサボっていた労働者には解雇予告手当など払わない。」

社長H「労働契約に残業代のことは書いていないので残業代は支払わない。」

このような弁明をする社長は、自らの行為がダメであろうことは何となく分かっている。したがって以下の「②YESの場合」に分類する方が適切なのかもしれないが、「社長が勝手に決めたルールの方が労働基準法よりも優先する」という認識が垣間見えるため、敢えて「①NOの場合」に分類した。

 

ブラック企業の実態を明らかにした書籍等には、企業側が労働基準法違反の網をかいくぐるためのテクニカルな対策とそれに対する労働者側の対抗策が細かく書かれているが、私が普段の仕事で目にする労働基準法違反は、「法律よりも社長や会社のルールが優先する」という誤った認識が元であることが圧倒的に多い。*5

また生身の人間と会社との労働関係に関する法律である以上、人間対人間の感情が大きく法律の履行状況に左右されてしまうのが悲しいかな現実である。

 

②YES(使用者が当該行為を違法なことだと認識している)場合

社長I「法律違反であることは知っていた。でも罰則あるの?あってもたいしたことないやろ。」

←「労働基準法には罰則が定められており、この違反の場合、30万円以下の罰金が課される可能性があります。」

明確に法律違反の認識があるが、罰則がたいしたことないと思い開き直っているケースである。ここまではっきりと社長から言われることは少ないが、単に言葉として発せられないだけで、このように思っている者はかなり多いと思う。かなり根が深い問題である。

 

 

以上、文章が長くなりすぎたので一旦区切り。

次回は、労働基準法はなぜ守られないかという論題はそのままに、労働基準法の罰則規定について過去の歴史を踏まえながら、法律を守らせるためのペナルティーについて論じてみたいと思う。     

 

 

 

 

*1:愛知労働局における定期監督等及び申告処理状況 http://aichi-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0114/2012/201562681250.pdf

なお、全国的な状況を把握するには、厚生労働省が毎年発表している労働基準監督官年報を読むべし。以下リンクは平成26年度版  http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/kantoku01/dl/26.pdf

*2:労働基準監督官が事業場に対して行う立入検査のこと

*3:「ブラック企業2「虐待型管理」の真相(今野,2015)P.193〜P.198

*4:詳しくは労働基準法施行規則第5条を参照

*5:もっとも企業側のテクニカルな対策により、労働者側が法違反だと疑いもせず、労働基準監督署に相談・申告する事例が少なくなっているということも考えられる。