【初心忘るべからず】理想の労働基準監督官とは
今回は、趣向を少し変えて、自らの仕事に関して思うところを書こうと思う。
多少青臭い話が混じるかもしれないが、ご容赦いただきたい。
◯ 念のための自己紹介
私が今年の4月から就いている仕事、それは 労働基準監督官 という国のお役人である。(仕事内容については、上記リンク先をクリック願いたい。)
5年前に某企業の人事部に入社したものの、2年前の年末に退社。現在は同じ「はたらくこと」にかかわる仕事をしているものの、反対側の立場から仕事をするようになった。数年前には人事部員として労基署(今の職場)に書類を提出していたのに、今はその書類にハンコを押す仕事もやっている。我ながらシュールな経歴である。
◯ 新人研修の提出課題
5月の上旬から6月の中旬(ちょうど先週末)まで行われた新人研修。そこでは、私と同じように新しく労働基準監督官として任官されたもの総勢200名余りが一同に会し、法令等の座学講義などを受けてきた。研修中の課題として、「理想の監督官像についてあなたの考えを述べよ」という題目のレポート提出が課されていた。折角なので、提出した文章をそのままブログに載せてみようと思う。
1. 理想の監督官像についてあなたの考えを述べよ。
「法令および通達によって自らの業務が制限されていることを常に意識しつつ…① 、労働環境を地道に改善していくことを諦めない…② こと」が、理想の監督官に必要な要素であると私は考えている。
① 法令および通達によって自らの業務が制限されていることを常に意識すること
法令および通達により、我々の業務には制限がかけられている。その制限について無知なまま業務を行うことは、使用者に対する権力の濫用となってしまう。また反対に、労働者に対して本来的にできないことであるにもかかわらず、それをできると伝えてしまうことは、監督行政に対する期待を裏切ることに繋がってしまう。いくら熱意があったとしても、ルールを守っていない監督業務は単なる権力の濫用であり、結果的に監督行政の信頼感を損ねてしまうおそれがあることを肝に銘じておく必要がある。
②労働環境を地道に改善していくことを諦めないこと
労働環境を改善するためには、以下二つのことが求められる。第一に、毅然とした態度で法違反を指摘することである。違反を指摘する場面では、及び腰の対応をしてはいけない。例えば未払賃金の請求は直近2年間まで可能であるのに、一律数ヶ月の請求に留めるといったような対応は、労働者が求めているものではなく、監督官の職分を全うしていないといえる。第二に、使用者に理解納得してもらったうえで、労働環境の改善をはかってもらうことである。そのためには、使用者に法令等の意義について納得してもらい、使用者にとってもらうべき措置を具体的に明示することが求められる。
そして、労働環境を地道に改善していくという職務を完遂する上では、どんなに困難なことがあっても諦めないマインドを持つことが肝要である。
2. そのために何をすべきか(自らがすべきこと)
① 自ら学ぶことは大前提であるが、幸運なことに所属する署には法令等に精通している上司・先輩が複数人いらっしゃるので、積極的に教えを請うことを心がける。
② 一番はじめに自分が取り組めることは、相手に対して分かりやすい言葉を使って説明をすることだと考える。解雇・賃金不払い等頻度の高い事案について、自分なりの説明文書を作成して、説明の都度修正を繰り返すことが有効であると思う。
また、「諦めない」というマインドを持つということは多分に精神的な事柄であるが、労働者がどのような状況に置かれているかを常に頭の片隅に置きながら職務を遂行することが重要である。また、無力感を感じることもあろうが、監督を終えるごとに、「小さなことかもしれないが誰かが救われて労働環境が良くなったのだ」という心持ちを持つことも、モチベーションを持続させる意味で大切なことだと私は思う。
以上
◯レポート課題に書き加えねばならないたったひとつのこと
自分のレポート文書を再度読み直してみて思ったことは……
お行儀のいい文章だが、自分が腑に落ちていることを書き記せたのか?ということ。
権力の濫用はダメだとか、使用者に納得してもらうことだとか、確かにそれぞれ重要なことではある。ただ、「課題を提出することが目的で、ただ単に研修で言われたことを盛り込みました」感が出てしまっているのは否めない。
研修から戻ってきて、3日間ほど実務を行って感じたことがひとつだけある。困っている労働者の相談を直で聞いたり、電話にて人事部の方からの助言を求められたりした際に、何度かハッとさせられた一言がある。
「法律的な事は分かった。じゃあ私は何をしたらいいのですか?!」
この仕事に就くまでは、労働に関係する法律解釈を正しく伝えることが、監督官の責務だと思っていた部分があった。もちろん、法律解釈を相談者に教示することは、仕事の一部であるが、その後にさらに重要なことが残っている。
それは、相談者にやってもらう事柄を明確にするということだ。
言い換えれば、
「問題を解決するために、相談者には何を求めたらいいのか」ということまで考えを巡らせた上での助言でなければ、労働基準監督官としての価値は半分以下である。
例えば………
◎電話口での相談者
「賃金が支払われていない状態なんですが、監督署相談しにいこうと思っています。そのときに何か(証拠として)必要なものはありますか?」
◎安全衛生法違反を指摘されて反省した使用者
「法律違反なのは分かった。では、どうすれば事故を防止できるんだ?」
実際は、相手がこのような問いかけを行うことは稀である。相手から言われずとも、問題を解決するために、相談者に求めることを洞察しそれを的確に伝えることが、監督官に求められる。
労働者が求めていることは、法律の解釈を知ることではなく、権利保護であり、また労働環境の改善である。その際に監督官ではなく、本人にやってもらうべきことがあれば、それを的確に具体的に伝えることが重要である。例えば、会社に出す書面の書き方が分からなければ、そこも手取り足取り教える必要があるだろう。
その一方で使用者の場合、監督官が法違反を指摘するだけでは再発防止に露ほどの役に立たない。再発防止策をともに考え、教示することができなければいけない。
わずかばかりの実務経験から、理想の労働基準監督官に求められる要素を肉付けしてみた。実際の仕事において、分かっていない事だらけの現状であるが、少しづつ時間をかけて、自分の仕事ぶりを振り返りながら、理想の監督官像の肉付けをしていきたいと思っている。
!!ばっ!!<おしまいの合図>!!ばっ!!